『20年間のボディビル人生。そして、月島で見つけた新しい楽しみ。』

■ 原宿・表参道で過ごした20年間
30歳から50歳まで。
私の人生の中で、最もストイックだった20年間かもしれません。
歯科医師として原宿・表参道で診療を続けながら、仕事以外の時間の多くをボディビルに捧げていました。
週5日、仕事が終わればジムへ。
疲れていても、仕事が忙しくても、トレーニングをすることが当たり前の日常でした。
食事にも気を使い、お酒を飲むのは年に10回程度。
理由は単純です。
「酒は筋肉に悪い!」
当時の私にとっては、それが何より重要だったのです(笑)。
原宿・表参道といえば、東京でも有数の流行の発信地。
新しいレストランや話題のお店が次々とオープンする、刺激的な街です。
そんな街で毎日働いていながら、私の関心は新しい飲食店よりも、今日のトレーニング。
今思えば、ずいぶんストイックな生活をしていたものです。
でも、あの20年間は本当に充実していました。
■ 50歳。情熱が消えた不思議
そして50歳を迎え、診療の拠点を月島へ。
今でもジムには通っています。
ただ、自分でも驚くほど、ボディビルに対する情熱が落ち着いてしまいました。
あれほど夢中になっていたのに、不思議なものです。
でも、寂しさはありません。
もちろん後悔もありません。
20年間、思い切りやった。
もう十分にやり切った。
そう思えるからでしょう。
何かを諦めたというより、一つのことを最後まで楽しみ尽くした。
そんな感覚です。
■ 月島で変わった日常
月島に移転してから、私の生活には新しい楽しみが増えました。
それが、もんじゃです。
今では週に一度ほど、仕事終わりに患者さんたちともんじゃを囲むことがあります。
鉄板を囲みながら、お酒を飲んで、笑って、いろいろな話をする。
原宿・表参道時代から長く通ってくださっている患者さんたちも、月島を気に入ってくれるようになりました。
考えてみれば、もんじゃという食べ物は不思議です。
月島といえば、誰もが思い浮かべる名物料理。
でも、普段の生活では、意外と食べる機会が少ないものではないでしょうか。
そんなもんじゃが、今では私の日常にすっかり溶け込んでいます。
そして、以前は年に10回ほどしか飲まなかったお酒も、今では普通に楽しむようになりました。
日本酒を片手に、熱々のもんじゃをつつく。
20年前の私には、想像もできなかった生活です(笑)。
■ 初めてもんじゃを食べたのは中学生の頃
実は、私ともんじゃの出会いはずいぶん昔にさかのぼります。
中学生の頃、佃や築地に住んでいた同級生に連れられて食べたのが最初でした。
当時は、まさか自分が将来この街で歯科医院を開き、患者さんたちともんじゃを囲むようになるとは、夢にも思っていませんでした。
人生というのは面白いものですね。
あの頃、友人たちと食べたもんじゃ。
それが何十年もの時を経て、今では自分の生活のすぐそばにある。
そんな縁を感じることがあります。
■ 月島に移転して、本当に良かった
原宿・表参道で長く診療を続けてきた私にとって、月島への移転は人生の大きな転機でした。
長年通ってくださっている患者さんたちが、今でも月島まで足を運んでくださる。
そして、この街で新しい患者さんたちと出会う。
歯科医師として、これほどありがたいことはありません。
診療室の中だけでなく、街の中でも患者さんたちと顔を合わせる。
そんな距離感も、月島という街の魅力なのかもしれません。
もちろん、歯科医師としての仕事に対する情熱は、今も変わっていません。
むしろ、これまでの経験を生かしながら、これからも一人ひとりの患者さんと長く付き合っていきたいと思っています。
■ そして、これからの20年
30歳から50歳まで。
原宿・表参道で仕事をしながら、ボディビルに情熱を注いだ20年間。
そして50歳からは、月島での新しい20年間。
仕事をして、ジムに行って、時には患者さんたちともんじゃを囲み、お酒を楽しむ。
新しい患者さんたちとの出会いを大切にしながら、この街で年齢を重ねていく。
そんな人生も悪くありません。
いや、むしろ今は、そんな毎日がとても気に入っています。
月島に移転して、本当に良かった。
そして、これからも。
ここ月島で、あと20年。
歯科医師としても、一人の人間としても、思い切り楽しんでいこうと思います。
パトリア歯科
院長 嶋田泰次郎